追悼

さようなら 芝居を愛しつづけた森さん   千賀拓夫(俳優)



「愛が聞こえます」舞台写真より



森 三平太(もりさんぺいた)

本名 成沢 武利=なりさわ たけとし
2006年7月30日食道ガンのため逝去、享年78歳。
1927年11月15日山形県生まれ、1964年秋田雨雀・土方与志記念青年劇場の創立に参加。

【代表的な舞台作品】
「夜の笑い」「将軍が目醒めた時」「もう一人のヒト」「二階の女」「真珠の首飾り」「愛が聞こえます」「喜劇キュリー夫人」など。
【外部出演】
新宿コマ「中村美律子物語・雲の上の青い空」、都民芸術フェスティバル「消えた版木・富永仲基異聞」、俳小「上杉鷹山」など。
【映画】
「小林多喜二」「砂の器」「八ツ墓村」「善人の条件」。
【TV】
NHK「澪つくし」「本日も晴天なり」「翼をください」「あした天気に」「翔ぶがごとく」「葵徳川三代」、TBS「隠密剣士」「無邪気な関係」「徹と由紀子」など。
'92年テレビ朝日「徹子の部屋」にゲスト出演。

 心の中では兄貴とも慕い、俳優としては師匠とも仰ぐ先輩・森三平太兄が食道ガンのため亡くなった。享年七八歳でした。

 青年劇場創立以来四十二年間、たくさんの舞台で共演し、日本国中を巡演しました。生活を共にした時間は恐らく家族より長かったのではないでしょうか…。

 戦後の食糧難の時代、ご多分に漏れず結核を患い、右肺が自然癒着し、それ以後ずーっと片肺飛行(本人の言)の人生でした。

 山形の庄内生まれ。国鉄に就職し、戦後盛んになった職場演劇に首を突っ込み、中央演劇学校を経て、東京喜劇座(瓜生正美・いずみたく・西沢由郎)の文工隊演劇活動(政治風刺・コント・笑劇の小編成)で大衆の中へ…。国鉄はレッドパージで馘首。土方与志先生の指導もあり、喜劇を演じる楽しさを知り舞芸座へ。土方演出「十二夜」の道化役で本格的に金にならない新劇稼業へ突進。土方先生も亡くなられ諸般の事情で劇団解散。

 そして青年劇場創立。「真夏の夜の夢」で旗上げ、苦しい時代でしたが創作劇、翻訳劇を問わずリアリズムに徹した芝居づくりを追求。それが「歴史的必然」と言われる飯沢匡先生との出会いに繋がるのです。チャップリン、エノケンを研究し、書かれぬ行間を読みとり嘘のないリアルな芝居に果敢に挑戦。花開いていくのです。萎んだ右肺にパットを当てた肉襦袢を着て身軽に飛び跳ね、大声を張り上げ、夜はこよなく酒を愛し、演技論を語り・・・その強靭さに畏敬の念を持って接していました。

 丁々発止と舞台を盛り上げて客席を沸かせる喜劇の醍醐味。最後の共演は「喜劇キュリー夫人」でした。

 結局、最後はその右肺が命とりとなりました。どうか安らかに。