特集  青年劇場「50年への挑戦」


青年劇場スタジオ結 入口
(「博士の愛した数式」公演)

 青年劇場は、公演活動で大きな比重を占めてきた学校団体鑑賞公演回数や東京での観客数の減少など劇団の基盤をゆるがす危機を前にした一昨年(2005年)、青少年劇場をはじめとした劇団の演劇運動の意味や存在意義を改めて確認しあいました。社会全体が閉塞感に覆われ展望を見いだしにくい今こそ、厳しい社会情勢に押しこまれ守りに入るのでなく、自らの力で困難を切り拓き、多くのお客様とともに歩む劇団活動を展開しようと方針を決め、それを4つの柱に基づく青年劇場「50年への挑戦」にまとめました。

 このことは、1964年に創立された青年劇場を、40年を経て運営をひき継いだ次の世代がどのように受け継ぎ発展させ2014年の50周年を迎えようとするのか、劇団員の決意を内外に表明するものとなりました。

【青年劇場「50年への挑戦」活動の柱】

@優れた演劇を青少年に届け、特に学校での演劇鑑賞教室の灯をともしつづけます。
A社会の矛盾に眼を向け親しみやすくかつ芸術性の高い作品を創造し、全国に届けていきます。
B現稽古場の、観客が集い楽しめるスタジオとしての魅力をさらに活用し、新たな時代に対応する創造、後継者育成・研究活動の拠点にしていきます。
Cアジア、そして世界の人々と、演劇を通じた交流を深めていきます。

 以来二年間、劇団外の多くの方々のご支援と励ましのもと、公演活動をはじめ多彩な活動に必死に取り組み、まだまだ力不足の点はあるものの、おかげさまで貴重な成果と経験を得ることが出来ました。

募金活動への取り組み

 そして、この活動を下支えする財政基盤づくりを、お客様に広く支援を求めることで実現しようとお願いしてきた「50年への挑戦」応援5000万円募金が今年三月に募集期限を迎えました。

 これまで劇団では地方巡演に不可欠なバス購入の「バスカンパ」、フィレンッェ国際演劇祭参加のための募金などの経験はありましたが、運営そのものにかかわる募金は初めての経験で、皆様にどうご理解いただけるか、不安を抱きながらのスタートでした。しかし、こうしてたくさんの方々から熱い期待とご厚意をお寄せ頂きましたことに、劇団員一同、心から御礼申し上げます。

 そしてこの二年間を基礎に、「50年への挑戦」四つの柱に基づいた劇団活動をさらに充実させ進めるため、期間を一年間延長して当初の目標額達成をめざすことに致しました。

 ここにご報告し、ひき続くお力添えをお願いする次第です。(募金のご報告とお礼、期間延長のお願いについては募金のページをご覧下さい)

 募金活動の節目と新たなスタートを迎えるにあたり、長いあいだ観客としても青年劇場を見つづけエールをおくってくださっている教育評論家の尾木直樹さんと神奈川県民ホール館長の大野晃さんに、現在の青年劇場とその活動を語っていただきました。



子どもたちに生きる勇気を
尾木直樹(教育評論家・法政大学教授)

 「○○先生、八月分のチケットですよ」

 昼休みになると、私は理科・英語・数学といった教科毎の職員室を駆け回っていた。大学を出たての新米教師時代のことである。私は「労演」の会計とチケット配布係だったのだ。芝居の楽しさはもちろんのこと、職場の若い仲間と感想を語り合うこと、社会を論じることが何よりの刺激であり魅力でもあった。

 実はすでに私は、学生時代から演劇大好き青年だった。その宿命か、公立中学校の国語科の教師に転じてしばらくすると、いつの間にか演劇部の顧問を務めていた。「観る」側から「創る」側への転身である。

 青年劇場を深く知ることになったのは、こうして中学校の演劇部顧問を務めるようになってからだ。新宿の稽古場を見学させてもらったり、わざわざ中学校まで劇団員の方に来てもらい、発声など練習の基本を伝授していただいたりしたこともある。今、振り返ると、とんでもない「甘え」であった。

 さて、「労演」で数多くの劇団の芝居に触れていた私は、ふと気付くと、青年劇場の会員になっていた。一時など、妻も二人の娘も家族みんなが会員であった。なぜ、青年劇場に一本化したのか。

 それは、とにかく"楽しい"からだった。確かに社会の矛盾を鋭くえぐった、シリアスな芝居もいい。しかし、毎日の仕事で疲れ切った身体に、いかに真実とは言え、心臓にまでどんと響くかのような重いテーマをぶつけられたのではたまらない。深夜の帰宅の足には重すぎるのだ。

 "楽しくなければ芝居じゃない"。私はいつしか、そんな乱暴な芝居観のとりこになってしまっていたのだ。

 青年劇場の芝居はどれもこれも、まず笑える。声をたてて笑ってしまう。そして涙も流せる。それでいて、教育や社会問題、歴史、戦争、平和などについてしっかりと考えさせる。

 「翼をください」と「すみれさんが行く」の二本は、私の勤務校の演劇教室に招いて演じていただいた。舞台と一体になり切った中学生たちのあの胸の熱い鼓動。真っ暗な体育館に響き渡る「学校はどこって聞かないでー」という壇上からの叫び。それに、身じろぎ一つしないつっぱりの子たちの、張り詰めた息づかいを、今でも身近に思い起こすことができる。

 中・高生に"生きる意味"や"自分とは何か"をストレートに考えさせてくれる学校公演。「学力」や「道徳教育」の前に、その土台を鍛え耕してくれる演劇教室。また、何よりも芝居を通して、子どもたちの"自己肯定観"を高める。

 こんな時代だからこそ、あの熱い炎を再び全国に広げていって欲しいものである。



時代を見つめる姿勢
大野晃(神奈川県民ホール館長)

 ここ数年、幸いなことに青年劇場の舞台を観続けることが出来た。幸いといったのは観たいと思っても、スケジュール調整が思うに任せず、観たいと思う芝居を観損なうことが時としてあるからである。

 今、私は劇場管理の仕事が主で、芝居づくりの現場から離れたところにいるが、根っからの舞台人であることだけは確かだと思っている。だから出来のよい芝居に出会うと、創る側の立場になった気になって一緒になって喜ぶことが出来るお人好しでもある。

 昨年夏、青年劇場スタジオ結(YUI)企画の第1回公演で上演された「博士の愛した数式」を観た。

 初演に際しては原作の持つ作品の良さとか、映像による評判とか色々話題にはなっていたが、果して舞台化が上手くいくのかどうか、観るまでは正直言って些か半信半疑であったことは事実である。

 しかし観終わって感心したのは、スタジオの制約の中で芝居の流れを損なわず、スピーディーに物語が展開し、作品の主題がきちんと観る者に伝わってきたということ。

 私が酒好きだから言うのではないが、いい芝居はいい酒に例えても良いと思う。即ち、いい芝居を観た後の心の充足感は、いい酒を飲んだ時の心地よさに通ずるものがある。

 たまたま「博士の愛した数式」の再演によせて感じたことを書かせてもらったが、青年劇場の舞台は結構数多く観させてもらっていて、常に安定した芝居作りに励んでいることがよくわかる。

 劇団の年齢層も厚く、何れの舞台も手堅く纏められ安心して観ていられる。そしてどの作品にも言えることだが、作品が観念的にならず、誰でもが納得できるように仕組まれているように思える。

 もう一つ大事なことは、常に時代の流れを見つめながら、我々が見失ってはならないものは何か。そのことを根底に据えた芝居作りをしていることではないだろうか。

 些か褒めすぎたと思わないでもないが、前にもいったように堅実な芝居作りをしていることだけは間違いない。私は堅実な生き方が好きな性格だから、より共感を呼ぶのかもしれないが、そうしたことの積み重ねが、やがて大きな力となると信じている。

 勿論、青年劇場には歴史があり、今更といわれるかもしれないが、失礼を承知で言わせて貰えば、私が観ている限り公演毎に日々逞しくなっているように感じられる。つまり青年劇場は今でも進化している活火山といっていいのではないだろうか。

 御承知のように何れの劇団も歴史を積むと老化現象を起こす。そういった意味では歴史があっても活火山活動が感じられる青年劇場は、我々に期待を抱かせる楽しみな存在といえる。

 精神的に荒廃した現象が多く見られる昨今、心に安らぎを与えられるような芝居こそ、多くの人々が待ち望んでいるものだと思う。演劇界全体の例にもれず、劇団運営は厳しい状況の中にあると思われるが、青年劇場こそ常に時代を見つめ、人々の求める芝居を作り続けていって貰いたい。



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