追悼


西沢さんのこと

 上甲まち子(俳優)

 私が西沢さんの舞台を初めて観たのは中学生の時でした。いずみたくさん、森三平太さん、瓜生正美さんが一緒だった「東京喜劇座」です。とても面白い舞台で、中でも西沢さんは圧倒的で今でもハッキリ目に浮かびます。紳士然として出てきて、いつの間にかクルリ、クルリとピストルをオモチャにして署長を裸にしてしまうのです。会場は大爆笑!!あの人達は東京の演劇学校の出身だと聞いて、私も大きくなったら行きたいなあ、と思いました。

 待望の舞台芸術学院に入学、卒業すると、迷わず西沢さんも居る劇団舞芸座に入りました。そしてすぐ劇団の地方公演に、衣裳係として参加しました。演目は「ベニスの商人」、西沢さんはシャイロックでした。土方与志先生が日本一と評されたすばらしいシャイロックで、私は毎日うっとりと先輩の舞台を観ていました。

 それから紆余曲折あり、半分芝居をやめかけていた時、創立したばかりの青年劇場からお誘いがあり入団しました。「真夏の夜の夢」のヘレナなんてとんでもない役につき、手も足も出ず毎日泣き泣き演っていると、西沢さんが「今、君が苦労していることは、君にぴったりの役が来たときに全部花咲くよ」と言ってくれたのです。その言葉を証明するかのように、「遺産らぷそでぃ」で農家の主婦を演ったとき「あれは君が良かったんだよ」と事もなげに言うのです。私はただ一生懸命演っただけなので、ポカンとしてしまいました。

 西沢さんの舞台でどうしても言いたいのが、小劇場の「たのむ」です。若い女房に嫉妬して人を殺し、現場検証に連れて来られるのですが、後ろ手に縛られ、被せられた編笠をとられて女房を見る。私は西沢さんがどんな顔をするかワクワクして舞台を観ました。編笠をとって女房を見る目!!やったあ! 後で西沢さんがこっそり「あそこを誉めたのは上甲だけだ」と嬉しそうに言いましたが、ほんとに当たり役でした。

 私は、いつも歯に衣着せぬ西沢さんの助言をものすごく信頼していました。稽古をしていて「おかしい?」と聞くと「おかしいよ!」と返ってくるのです。西沢さんがいなくなって本当に淋しいです。


「たのむ」(里見ク=作 堀口始=演出)
左より 小竹伊津子 西沢由郎

西沢由郎 略歴

本名・西澤京三郎(にしざわきょうざぶろう)。1928年3月17日生まれ。東京都出身。1949年中央演劇学校卒業後、ポポログループ・東京演技者集団・楽苦我記座・東京喜劇座・劇団舞芸座をへて、1964年青年劇場創立に参加。中心的俳優として、多彩な役をこなし、数多くの舞台などで活躍。また、後進の指導にも熱心であった。2009年7月22日肺がんのため逝去。享年81歳。2007年初演「シャッター通り商店街」の山村徳蔵役が最後の舞台となった。