| 16世紀も後半の1571年、ケプラーは神聖ローマ帝国時代のドイツに生まれました。 イタリアに生まれたガリレオ・ガリレイはこの年7歳。マゼラン達によって「地球は丸い」いうのが証明されて から約50年、コペルニクスが地動説を唱えてから28年。ルターが宗教改革を始めてから64年目のことでした。 プロテスタントを標榜する諸国諸侯、カトリックを御旗にする諸国諸侯が、宗教上の衝突により、あるいは領地を 争って、戦争が絶えん暗い時代でしたなあ。 |
| 主人公ヨハンこと、ヨハネス・ケプラー。親父と弟が同姓同名ハインリッヒ・ケプラーで、 じいさんと叔父さんも同姓同名のゼバルダス・ケプラー。ばあさんがカテリーナで、お袋さんとおまけに叔母さんも カテリーナ。知っていてもややこしなあ。 親父は喧嘩好きの傭兵マニアで放浪癖があり、家庭のことなど無責任。お袋は気が強すぎて、周りは敵だらけ。 訴えられて魔女裁判にまでかけられる始末。怒鳴り散らすじいさん、金切り声のばあさん、障害を持つ弟に、まだ小さな妹、 嫁に行かん叔母に、嫁ぎ先から戻ってきた叔母、酔っ払いの叔父まで同居しとって、子どもがまともに育つ環境やない。 |
| 放浪親父はあてにならず、貧しい家でしたから、ケプラーは病気がちやのに、幼い頃から重労働 でこきつかわれた。本当は神学の道を志してたんやけど、食い扶持を求めて数学と天文学の先生として修道院附属学校に 就職します。 「星に運命など決められてたまるか」と思うてたケプラーは、「占星術なんかせんよ」というプライドもあったんやけど、 学問・研究には金が要るし、背に腹は換えられん。求めに応じて「予言」したり占星表を作ったりして、いろんな援助を してもろうたんやね。今も昔も、科学やら芸術やら、直接食いもんと交換できんもんを育てよう思うたら、パトロンが必要 なんよね。 |
| 宗教の歴史も結構ナマ臭い。権力を握った当時のカトリックの坊さん達は、金儲けのために天国の 切り売りをはじめた。これが"免罪符"。銭さえ積めば悪いことしてても「天国の門へご優待」という、とんでもないインチキ。 「そんなんありかい!?」と協会に噛み付いたんがマルチン・ルターはんで、彼を先頭に守旧派カトリックに対する 改革勢力としてプロテスタントが生まれたんですわ。ここから、法王の絶対的権威を笠に着た坊さんの特権支配と腐敗に 反対した反封建の戦いに発展し、市民革命の先駆けとなるほど大きな歴史の力となりました。ちなみに、ケプラーも プロテスタントの洗礼を受けており、改宗を求められてずいぶんいじめられました。 |
| 科学というもんは「真理」「真実」にたどり着くための道筋、理屈ですわなあ。言わば、道具 みたいなもん。実験や実践、調査や観察に基づいて考えをまとめ、客観的な法則・真理に辿り着く人間の営みのことやと 思うてます。 ケプラーの面白いとこは、科学という道具が宗教的真理つまり神の意志を知るためにあったということです。彼が 辿り着いた宇宙の成り立ちの様々な真実は、ニュートンの「万有引力」をはじめ、その後の発見の契機となる重要な ものが多く含まれとったのに、彼にとっては枝葉末節のたんなる「現象」で、神の意図を証明するための通過点でしか なかった。偉大なる「思い込み」というとこですわな。 |
| 地球を中心に宇宙がぐるぐる回っとるという"超自己チュー"に宇宙をイメージしたのが「天動説」。 ケプラーは「神様が創った宇宙」の中心に座るべきもんは「地球」ではなく「太陽」であり、地球をはじめ6つの惑星が その周りを回っとるということを当然のことのように前提として、様々な法則に辿り着きました。「神さんが創ったもんや、 自分たちが中心やなんて、そんなにちっぽけなもんやあらへん」いう宗教的直感もあったんやろか?こうなったらもうロマン やねえ。 それにしても、天体望遠鏡も計算機も無いあの時代に観察と計算によって、惑星の軌道が楕円形だというのを発見 したり、回る速さの変化まで解明したんやから、"化けもん"ですわな。 |
| ケプラーの時代から400年が経ちましたんやけど、21世紀になっても、いまだに暴力と 餓えでぎょうさん人が亡くなってはります。私はケプラーに言うたったんです。「戦争、病気、飢餓、どれをとっても 科学が発展したら止められるもんばっかりや、科学が発展し、昨日まで遠かった国がお隣さんになれば、ヒョイといって助け られる、国境言うもんが無意味になる。科学は、地球を狭くし、人と人を近づけ、国境と戦争をなくしていく道具 なんや」いうてね。 ケプラーも友人にかいた手紙に書いとったなあ「科学という真実を写す鏡のことを考えるとき、私たちの仕事は、 発見や発明の競争ではなく、只ひたすら、全人類と、人類の子ども達に仕える仕事なのだと思えてなりません」と。 宗教も科学も人を救うもんのはずなんやけど、どっちも戦争に使われるんですなあ。人類もまだまだですなあ。 |
| さまざまな宇宙の観察や探査が進んで、いろんなことが解るようになって来たんやが、まだ、 地球以外での「生命」は確認されていませんわなあ。「生命」はそれほど稀で貴重な存在ということでしょうなあ。 いつの日か、みなさんかあるいは皆さんの子か孫が、月に立って地球を見たときのことを想うてみておくん なはれ。漆黒の闇の中、全く色の無い世界の中で、そこだけまるで奇跡のように、青い青いビー玉が浮かんではる。 ほんまに、見渡す限りそこにしかあらしませんのやで、命ゆうもんを感じる物が。愛おしいやないですか。 一緒に観たいですなあ、そんな美しい地球を。 |