第十六回
「新潟市中学校の演劇鑑賞教室」
新潟市中学校教育研究協議会国語部幹事演劇担当
新潟市立関屋中学校教諭 日野 久美子
新潟市中学校の演劇鑑賞教室は、市内の教員の研究組織である「中教研」の国語部が運営している。
市内60か校のうち現在鑑賞を実施しているのは30数か校で、新潟市民芸術文化会館(りゅーとぴあ)劇場をはじめとするホール公演、
自校体育館公演の中から学校の希望に合わせて会場を選択できるシステムを採っている。今年度の上演作品は※「野球部員、舞台に立つ!」で、約8000名の生徒が鑑賞した。
※「野球部員、舞台に立つ!」
作=竹島由美子
脚本・演出=福山啓子
2012年〜2015年
通算262ステージ
撮影:V−WAVE
新潟市で長い間途絶えることなく続いている演劇鑑賞教室であるが、何度も存続の危機に直面した。
学校週5日制の導入による「行事のスリム化」や「保護者負担軽減」のしわ寄せを受け、平成6年には参加校2校、
鑑賞生徒数が1000人を割るという事態に陥った。「学校演劇の灯を消すな」の言葉のもと、当時の担当者が全ての校長に手紙を出す、
電話をかけるなどの運動を展開しなんとか危機を乗り越えた。
参加の有無は各学校に委ねられているので、作品の選定は重要である。
観劇後の評判次第で翌年以降の申し込みにも影響が出る。決定権は先生方にあり、先生方の心を実施に向けて動かせるかどうかも大きなカギとなる。
作品の紹介ではとかくテーマを問われがちだが、テーマだけに捉われないテーマを重視し過ぎない柔軟な姿勢で選定には臨んでいる。
生徒たちにとっては数少ない貴重な「生の演劇」体験である。
青少年時代の観劇がその後の人生での舞台との関わり方を決めるかもしれない。
とにかく舞台を好きになってもらえるような演劇の面白さを満喫できるような作品を見せたいと思っている。
観終わった後で「大好きな人にも見せたい!」と強く思うようなもの。キャラクターに魅力があり
「もう一度役の中の彼、彼女に会いたい!」と思うようなものが私の考える「良い作品」である。
その面白さを先生方にうまく伝え、多くの学校の生徒に見てもらうことが目標である。
「演劇鑑賞教室をやって良かった」「生徒たちがとても喜んでいた」と先生方から評価を受け、
生徒たちからも「面白かった」「あっという間だった」「すごい!」「自分もやりたい」といった言葉をもらえると、
校務ではないこの仕事ではあるがやっていて良かったと思える。
「SEL」と演劇
「SEL(Social and Emotional Learning)」とは、社会性と情動の学習プログラムである。
現代の子どもたちが「空気を読めない」のは他者の痛み、感情に鈍くなっているためであり、
感情機能を高めることがいじめ防止にもつながるというのがSELの考え方で、アメリカ、カナダ、オーストラリアなど多くの国で実践されている。
「感情の学び」というこのプログラムは、イギリスでは学習指導要領にも入っているという。
「演じる」活動を取り入れてSELの授業を展開することで、生徒たちは、感情の学びを効果的に行うことができるのではなかろうか。
そういった視点からも学校における演劇の果たす役割は大きい。演劇は今や「観る」だけでなく感情を学ぶツールにもなってきている。
生徒たちに伝えたい演劇の魅力
映像とは違う生のパフォーマンスゆえ、演劇には多くの魅力がある。
テレビや映画と違う双方向の気持ちの交流が可能で、観客の反応が舞台をより素晴らしいものにする。
観終わった生徒たちは、美術や、衣装、登場人物への共感や、面白かった場面だけでなく、
役者たちの人として生きる姿に心を打たれていることが多い。
それは、堂々とした姿勢、長い台詞など、たくさん努力して獲得した技術や、
好きなことを仕事にして一生懸命生きる姿への憧れである。
伝える力のもつエネルギーの大きさを目の当たりにできるのも生の舞台ならではの魅力である。
上演を支えている、舞台上にはいない多くの人々の協力する姿も感じることができる。
総合芸術としての圧倒的なエネルギーがそこにはあり、演じる側だけでなく観る側も、自分のそれまでの経験や感情を総動員して同じ空間を生きることになる。
そして観終わったとき、心がほぐれ、なんだか新しい自分になっている気がする。新しい一歩を踏み出す勇気が湧いてくる・・・・。
そんな輝かしいその瞬間を大勢の仲間や先生と共有できるのが演劇鑑賞教室である。
これからもひとりでも多くの生徒に演劇を観てもらえるよう、微力ながらこの仕事を続けていきたいと思っている。
(2014年7月)
※執筆者の冒頭の肩書は、当時のままになっています。
現在の肩書が分かる方は、文章末尾に表記しています。