第十九回

「心の力をつける」


鹿児島県立鹿屋工業高等学校野球部監督  吉田 公一

 今回、鹿児島県高校野球連盟の研修の一環として舞台「野球部員、舞台に立つ!」を部員全員で鑑賞させていただきました。

 例年、鹿児島県高校野球連盟は、シーズンオフの冬の期間に、「鹿児島県野球の発展」を目的として研修会を企画し、研鑽を深めております。 これまでは技術向上を目的として全国で実績のある指導者を招き「講演」や「技術指導」をしていただく流れが通例でした。 しかし、今回の研修は、「演劇鑑賞」と案内をいただき、驚いた学校は私達だけではなかったはずです。 県高野連からは、舞台前の挨拶にて、これまで野球の向上は「技術と体力」が主流であったが、今回は「心」に焦点をあてた試みであると説明をいただきました。

 スポーツの世界では、よく「心・技・体のバランス」が大切であると言われます。 なかなか「心」に着目した取組はこれまではありませんでした。 また、現場の指導者としては一番「心」の部分の強化・向上というのが難しいと感じています。 私達の野球部は、このオフシーズンに「人間的成長」というテーマをもって取り組んでいます。 具体的には、さまざまな講演会に出かけたり、映画を見たりドキュメント番組を見て討論し、 「考え方やとらえ方に幅を持たせる」ことで、野球への見方や取組を変えるというのが目的です。 そのことからも今回の演劇は、私達の部にとりましてはまたとない機会をいただいたと楽しみにしていました。

 演劇当日、会場にはそれぞれの制服に身を包み坊主頭の約千人の球児が列を成し会場を埋めていきました。 それはあまり見慣れない光景で新鮮でもありました。演劇の内容は「高校野球」に関する内容であったこともあり、 会場は幕が開いた時からすぐに物語に引き込まれていく空気を感じました。 野球部員が演劇部に入り演劇を通して、苦悩や葛藤を共に乗り越えていく過程で人間的に成長していく姿に共感を覚えていたのではないかと思います。 又、最終的には甲子園出場という悲願達成につながるストーリーが実話であることを聞かされ、非常に驚いた表情になっていたのが印象的でした。

 会場の生徒達は、役者一人一人の演技を通して、息づかいや迫力を身近に感じながら、 目で見て心で感じ、舞台から伝わる振動を肌で感じていました。 自分のキャラクターに近い役者を探しては感情移入し、「驚き」や「喜び」の瞬間には、感情を同じにして共に驚き・笑うなど、 演じる者と見る者とが一体となった瞬間を何度となく感じました。鑑賞後の生徒達の感想は、 「ドラマには必ず苦悩はつきもので、それを乗り越えた先にある感動を自分達も覚えてみたくなった」 「野球には代打はあっても演劇には代役はないという責任感を痛感した」など舞台を通じて様々なことを感じ取っていたようでした。 今回鑑賞した高校球児一人一人には、心の揺さぶり・高まりがあったに違いありません。 今回の新しい取組が今後の鹿児島県球児の「心」の高まりを持続させ、悲願達成の一助になれたら幸いと感じます。

(2016年2月)

※執筆者の冒頭の肩書は、当時のままになっています。
現在の肩書が分かる方は、文章末尾に表記しています。




「演劇鑑賞教室について考える」のトップページへ
青年劇場のトップページへ