ご期待ください!!

葛西和雄

「ハムレット」と聞くと・・・

「ハムレット」と聞いて、「あ、この前やった『シャッター通り商店街』に出てきたハムちゃんね!」と答えてくれた人がいました。無理もありません、これまでのハムレット像をくつがえすキャラクター、衝撃的なわがナオちゃんこと吉村直君の演じた印象が強く脳裏に焼きついた方が、相当いらしたのでは・・・。(ちなみに「シャッター通り商店街」をご覧になっていない方へ。吉村君演じる演劇好きで公務員の青年が、稽古中のハムレットの扮装で登場しました。)もちろん、今回の「あるハムレット役者の夢」は、『シャッター通り商店街』の続編でも何でもありませんよ。

ところで、「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」「尼寺へ行け!」の名台詞でおなじみのシェイクスピアの「ハムレット」ですが、私も養成所の授業でハムレットの独白を勉強したことがあります。上演の機会はまだありませんが、機知に富み人生を洞察する主人公の正義感や苦悩に共感し、台本に目を通す度に、新鮮に心に響く作品です。

ハムレットは今は亡き父王の亡霊に「自分は謀殺された」ことを告げられ、その犯人が今は母の夫で王位を継承した叔父であることを突き止めます。

「あるハムレット役者の夢」

さて、「あるハムレット役者の夢」のハムレット役者は、父王らしき亡霊が現れる夢にうなされます。そして、稽古中のある日、突然「夢の中で殺人を犯した疑いがある・・・」と裁判所から召喚されることから芝居は始まります。

彼の夢が解読・分析され、・・・どうも問題は彼の非人道的性格にあるらしいと告げられ、この役者は大混乱!弁護士から「善人であることを示す夢を見なさい!」と言われながら、見るのはまるで不道徳でハチャメチャな夢ばかり・・・・。

いつしか、夢に現れる亡霊が、ナチスによって強制収容所へ送られ帰らぬ人となった父親らしいこと、自分はゆりかごの中から父親が拘束されるのを見ていただけ・・・という記憶がよみがえってきます。

(ということはこの俳優の年齢はきっと一九三五年生まれのアランドロンより少し若いくらい?)

これ以上解説すると面白さが半減しますのでここまでとしますが、フランス版「筒井康隆風ナンセンスの世界」といえるかも。

私の役どころは・・・?

さて、私が演じるのは、俳優の夢の中の犯罪を裁く判事の役です。

昨年「カゼリオ」「白バラの祈り」と、続けて「判事」が登場する芝居を観ました。片やテロリスト、片や反ナチス地下活動の青年を審問する判事で、前途ある被告人の境遇や心情に同情し転向を勧める自分にある意味自己満足しながら、ゆるぎない彼らの思想が判事自身の偽善性をあぶりだすや、権力側の人間として牙をむく姿を現した社会派劇でした。

それと比べるのはナンなのですが、私がやる判事は、権力装置の一部という本質は一緒ながら、弁護士ともども実にナンセンスで不道徳。その権威を笑い飛ばす、風刺喜劇ともいえる描き方にこの演劇の特徴があります。このようなジャンルの芝居は、まるで初心者同様の私ですが、ばかばかしくも恐ろしい世界めざし、演技としてどこまで跳べるか、稽古の真最中です。

作品の背景

この作品がフランスで初演されたのは一九九八年とのこと。同じくこの年、ファジズムによって支配される恐怖を描いた寓話「茶色の朝」という短編小説も発表されています。日本版(大月書店)の高橋哲哉さんの解説によれば、八〇年代から欧州全体で「外国人排斥」を叫ぶ勢力が、フランスでも「国民戦線」として台頭、1998年には地方選挙で躍進、保守の中にはこの極右と手を結ぼうという動きまで出てきた、まさにその年に、この作品が上演され、「茶色の朝」が発表されたのです。

その後二〇〇二年大統領選挙では、極右候補がなんと決戦投票まで進出しますが、これら文化人の活動が右派政権誕生阻止に大きく貢献したんだと思います。記憶を消し去り忘却が支配する時代、演劇でも、小説でも良心的な文化人によってフランス国民に警鐘を鳴らす作業が行われたのです。こうした創作活動が、ユーモアやエスプリを交えて表現されるところが、フランス文化の所以なのでしょう。

まだ日本で上演されていない戯曲(原題はハムレットの台詞からとった「おそらくは夢を見る」)の存在を知り、この機会を逃がす手はない!是非「小劇場」公演で実現しようと決めた今回の公演です。翻訳は、戦前、父土方与志の亡命により一家でフランスに在住し、ファシズムとのたたかいを目の当たりにした劇団の大先輩土方与平氏が担当しています。どうぞ御期待ください。

2008.2.6

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