10月 第92回公演

「族譜」

梶山季之=原作 ジェームス三木=脚本・演出


 この秋上演する「族譜」について、脚本・演出のジェームス三木氏に、作品への思いを語っていただきました。聞き手は、青年・谷六郎を演じる船津基。話は、作品のことだけでなく日米関係や昨今の社会情勢にまで及びました。



左:ジェームス三木氏 右:船津基

三木 船津君は…もう36歳か…。最初会ったのは23歳だったから今でも大人と話してるって感じがしないな(笑)。今日は作品だけでなく船津君自身の宣伝もしようと思ってね。たしか殺陣(たて)が得意だったよね?

船津 はい。大学のとき殺陣のクラブに入って、ほとんど勉強しないでクラブばっかりでしたね。とにかく体育会系で4年生は神様です、みたいな(笑)。下級生はボロ雑巾扱いで、「中国戦線で二等兵の見た戦場」っていう本を読んだとき、ああ同じだなと思いました。でも僕らは4年間で終わりが見えますけど、軍隊の人はそうじゃないから辛いだろうなって。

三木 軍隊は、士官学校出てるか出てないかで、全然違うからね。陸軍士官学校・海軍兵学校出てればエリート、最初から将校でね。太平洋戦争の時は、二等兵もそうだけど韓国朝鮮の人たちは日本人の下、"準日本人"っていう扱いでね。

船津 韓国朝鮮や中国の人々への蔑視っていつ頃からあったんですか?日本は崎の戦争もそうですが、豊臣秀吉の時代から日清・日露戦争でも、常にアジアへの侵略を続けているから、ずっと昔からそういう感覚があるんじゃないかと…。

三木 やっぱり伊藤博文が併合した瞬間からじゃないかなぁ、日本の属国として植民地化した時から。秀吉の時代は国家意識というのはあまりないんだよね。四国を盗った、九州を盗った、次は朝鮮って感じで、秀吉個人が領土を広げていくみたいな。"慶長の役"とか"南北分断"とか、若い人はちゃんとわかってるのかねえ…。

船津 歴史を全部知ってるかと言われると知らないでしょうね。"南北分断"なんて学校ではほとんど教えないでしょうし。

三木 それは教えなくちゃいけないよね、日本の歴史に関係あるんだから。日本の植民地だった国が独立した後、北はソビエト、南はアメリカって分断されちゃって、日本も関係しているんだからね。…しかし今、韓国ドラマすごい人気だね(笑)。

船津 僕はわりと好きですよ。深夜とか見てます。

三木 これ見るだけでも日本人は韓国人を理解するし「ああ同じだ」って共感する、それがものすごく大事だって今はっきりしてきたでしょ。政治的にはうまくいってないけど、文化的にはどんどん交流してる。中国ともそうだよ、経済的にもね。むしろ政治とか国家が邪魔してるっていう感じだね。それで、今「国家って一体何だろう」って事を考える時期だと思うんだよ。日本人はどうも国家と政府っていうのをゴッチャにしてるところがあって、それは政府が国家のような顔をしてるからなんだよね。「愛国心」って言ったりして、そりゃ違うだろ、って思うんだよ。国歌があったら斉唱しなくちゃ、シンボルとして国旗がなきゃならん、みたいな。学校でも1組と2組ってすぐ対立するんだよね。クラス意識っていうのがあってさ。その仲間意識がものすごく大きくなったのが愛国心みたいものにつながっていくんだけど。

船津 日本が1組で、あっちの国は2組みたいな感じですかね(笑)。よく人間は闘争本能があるから戦争はなくならないって言いますけど…。

三木 僕も…そうかもしれないって思う事もある。でもそしたら世界はあと100年絶対もたない。核兵器できちゃったんだから。だからムダかもしれないけど、何とかもたそうよ、人類滅びてもいいんですか?ってね。我々の世代はもう滅亡にさしかかってるから(笑)そこだけは何とかね。でも希望が持てるのは、戦国時代から現代まで見ると、これでもだいぶ戦争しなくなってる。話合いするっていうのもちゃんと定着してきてるんだよ。もう殺し合いじゃなくてジャンケンで決めるとかできればいいのになぁ…。

船津 それはそれで別の闘いがはじまりそうですけど(笑)。

三木 日清・日露戦争に勝ったからものすごい強いって思っちゃたんだよね、日本は。神の国で天皇をトップにして世界はある、って。僕は戦争始めたのも悪いけど、早く終わらせなかったのも悪かったと思ってる。自分のメンツのためにやめられなかったんだよな。太平洋戦争で300万人も死んじゃったのはほとんど最後の1年間だからね。だから、きちんと将来を見通せるリーダーっていうのは絶対必要だよね。

船津 リーダーって、今の日本だとはっきり物を言う人って感じで、逆にそれさえあれば国民がついていくという感じがするんですよね。さっきの仲間意識や愛国心が生まれてくるのってそのあたりも関係してると思うんですけど…。

三木 小泉さんとかブッシュとか、反骨精神があって決断力がある人を日本人は好む傾向があるんだよね。織田信長もそうだし、戦争あんまりしてない徳川家康より豊臣秀吉のほうが人気がある。正しかろうが間違っていようが、勇ましい人がいい。安心なんだろうな。でも今の世界には合わないと思うね。ヨーロッパは通貨を統一して一つの国家になりつつある。欧州っていうのはしょっちゅう支配したりされたりの歴史だからね。だからもうやめようよって。アメリカはこないだのテロでドカンとやられたけど、国内に攻め入られた事はない。日本もアメリカに負けるまでは攻めてばっかりでね。今回の作品で改めて気づくけど、攻める側っていうのは敵の国に入っていくんだからね、武器をもって。日本はそれをされたことがないんだよね、だからされる側の気持ちを本当にはわからない。

船津 今回のセリフの中にも反映されてますね。

三木 分からないから"国のために亡くなった人達のために靖国神社で拝んで何が悪い"となるわけ。でも実はその人たちはよその国で何万人って殺してきた人たちなんだよ。家族のため、国のためって言っても、"守る"ってことは、一方では、"殺す"ってことでしょ。向こうの人たちから見れば、家族を殺し先祖を殺し何もかもメチャクチャにした殺人者たちが奉られてるって当然思う。でも戦後は中国も韓国も、日本の兵隊は悪くない、軍国主義の中で命令だったんだからしょうがない、それを指揮した人間だけが悪いと言っている。それだけを問題にしてるのに、小泉さん全然わかってないんじゃない?

船津 そうですよね。日本の兵隊も国民も、軍国主義による同じ被害者だった、とまで言っているのに、むしろ日本の方が心の問題とかなんとか言って、曖昧にさせている気がしますね。

三木 日本には、悪人も善人も死ねば皆許される、みたいな考え方があるからね。A級戦犯だけが許されないのは可哀相じゃないかって。曖昧にしていきたいんだろうけど…責任の所在を突きつめていくと天皇責任だからね。それから同時に原爆を落とした人をきちんと処罰するべきだと思う。罪のない人間を殺したんだから。日本はなんでそれ言わないのかね?アメリカに。日本はほとんどアメリカの植民地状態になっていて独立国家としての権利を持ててないのに、不幸なことに多くの日本人はそれに気がついてない(笑)。北朝鮮がなんで日本に対してあんなに神経質になってるかといえば米軍基地があるからでしょ。北朝鮮はアメリカと対立してるんであって、そのアメリカの最前線基地に日本がある、と考えなきゃね。

船津 戦中の日本と朝鮮半島。そして現在のアメリカと日本。そういう意味では似ているところもあって、歴史は本当に過去からつながっているんですよね。

三木 だから歴史認識っていうのは非常に大事でね。歴史認識が違っちゃうと、現在も未来も全部違っちゃう。向こうも間違ってるかもしれない、だから一緒につき合わせて考えないとね。でも日本っていう国は、自分たちの歴史は天照大御神から2600年あるって言い張ってきたんだよ(笑)。実際は1700年くらいしかないのに。だから歴史認識ちゃんとやるとボロボロになっちゃうんだけど。

船津 韓国や中国も神話とかあるんでしょうけど、日本人はその神話の使い方が違うような気がしますが…。

三木 日本は、中国から文字をもらい、韓国からもいろんな文化をもらってるんだけど、それに対して劣等感みたいなものがあってね、古い国なんだぞって、日本独自の歴史をでっち上げてきたから。それで僕はこの「族譜」で日本の植民地政策っていうのがどういうものだったか、創氏改名っていうのは何だったのか、というのを知ってもらいたいと思って取り上げたわけだけど…。僕の中にちょっとひっかかってるのは、この芝居をやることが韓国朝鮮の人にとってどう感じられるか、って事ね。

船津 現在の韓国朝鮮の人にとってですか?

三木 そんなこともう忘れたいって気持ちもあるんじゃないか、って。屈辱的な歴史でしょ。こういうことをされたっていう認識にはなるけれど、本当のところはどうなのだろうってね。

船津 昨年の「銃口」韓国公演の時に聞いたのですが、戦後韓国が軍事政権になって、日本の植民地時代にあった治安維持法を国家保安法として継続させて、同じ民族の中で拷問をしたりしてしまった。その歴史を、韓国の人間はいまだ見てみぬふりしていて、日本が過去の歴史に向き合うということは、同時に韓国も自国の歴史を清算しなければならなくなる、って。そういう葛藤を聞いたことがありますけどね。

三木 そういう複雑な思いもあるよね。韓国にはいわゆる親日派っていうのがいて、昔日本軍に協力した、けしからんっていう気持があるでしょ、今でも。創氏改名の時にも親日派は進んで日本名にして日本政府関係の仕事をどんどんやっていったっていう人達がいるわけでね。その人たちにしてみるとこの芝居は、創氏改名させて自殺者まで出したっていう、なんとなく複雑な、韓国人の心の奥深いところまで入っていっちゃう問題だからね。ただ僕たちは政治家じゃないんだから、そういうことを突き詰めて、一体どういう反応が起こるのか、どう感じるのかっていう事と向き合えた方がいい、と思うんだけどね。

船津 こういう芝居には少なからずありますよね…そういう事は。

三木 いろんな事をやって、いろんな意見が出てくる、それが歴史認識でしょ。でもつながるってことはある痛みを負うんだよね、お互い。

船津 僕が演じる谷六郎の人物像は、原作から少し変化していますが、脚色するにあたってそのあたりはどうだったんですか?

三木 谷は、朝鮮人から過去の歴史を豊臣秀吉の時代まで遡って言われるんだよね。谷のキャラクターをどう受け止めるかによるんだけど、僕はあんまり日本人が参った、っていうふうにはしたくない。日本人には日本人の言い分があって、もちろんそれが正しいというのじゃなくて、こういう事実があってそれを実行した人間がいたということを知ってほしい。結論を出すことではないと思うんだよ、これは。谷が正しかった間違ったとかそんな終わりじゃないだろうと思うから。彼も結局は何かを抱え込んだまま戦争に行っちゃった、って事なんだよね。

船津 梶山さんがこのような小説を書いていたことはご存知でしたか?僕もようやく朝鮮小説集を読んだんですけど…。

三木 知らなかったね。この作品、2回書き直してるから…思い入れがあるんだろうな。

船津 原作を読んで、この作品の切り口はやはり創氏改名、植民地政策だと?

三木 やっぱり植民地時代の関係っていうのが、非常にストレートでね。日本人はそれすらよくわかっていないから。韓国はなんで日本を怒ってるんだろうって…。在日の人が二つ名前をもってる意味、それは一体なんだろう…とかね。

船津 そうですね。文化的交流というのは確かに進んでいて、ドラマもすごいしサッカーもやった。じゃあ、現在の日韓関係はクリアできてる、ってなるのはやっぱり違いますよね。

三木 日本政府が何をどうしようっていうのは、全部アメリカのご機嫌を伺いながらやってるわけだから、結局アメリカが何考えてるか、って事でしょ?おそらくアメリカは漠然と、極東みんな仲良くなっちゃって日本が中国側に入っちゃうとやばいなって感覚があって、その考えがすべてのバックにある。だから北朝鮮ともめてた方がいい、日本が中国に近寄りすぎないほうがいい、仲悪いほうがいい、靖国参拝してくれた方がいい、と。アメリカは中国と戦争しないまでもいつか対立するだろうと思ってて、その時に日本・台湾が頼りで、韓国はどうも寝返りつつある。南北統一という流れだからね。

船津 済州に行ったときに向こうの先生が説明してくれたんですよ。アメリカが基地として欲しくてたまらない所が済州にはいっぱいあるって。

三木 沖縄もそうなんだよ。だから日本に憲法改正しろ、強い軍隊持てって、やっぱりそこだからね。北朝鮮は孤立してるように見えるけど結構世界の国々と交流してるんだよ。国交がないのはアメリカと日本ぐらいなもんでね。あまり認識されてないけどさ、僕らが受けてる情報はアメリカ寄りだからね、全部。

船津 メディアの問題は本当に大きいですよね。

三木 ものすごく大きい。日本とアメリカは合同軍事演習を日本海側でしょっちゅうやってるでしょ。しかも空から写真撮ってる。そりゃたまらんよ、北朝鮮は。そういうふうに相対的に物事考えないと、色々間違ってしまう。だから、この芝居も、ただやったというだけじゃなくて、反応をきちんと知りたいよね。文化交流の真意は、共通の一致点を見つけ出すことなんだから。

船津 本当にそうですね。今日は興味深い話をありがとうございました。

三木 あれ?船津君の宣伝もしてあげようと思ったのにできなかったな…。バク転は今もできるの?

船津 できますよ。僕は50歳までバク転のできる俳優でいようと思ってますから。

三木 でも今回、谷六郎がバク転やる必要はないよなぁ…。

(文責:川田)


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