あの夏の絵
福山啓子=作・演出
こんなにも知らなかった
ということを
初めて知った
ということを
初めて知った
被爆から70年。
記憶を伝え残すために語り始めた被爆者と、
それを受けとめ、
絵に表現することに挑んだ高校生たちの
2015年夏の物語。
記憶を伝え残すために語り始めた被爆者と、
それを受けとめ、
絵に表現することに挑んだ高校生たちの
2015年夏の物語。
被爆者の集会で、初めて広島市立基町高校創造表現科の生徒による「原爆の絵」を見た時は、「被爆者の描いた絵?」と思いました。それほど迫力に満ちた絵でした。どうしてこのような絵が描けるのか、というのが取材を始めるきっかけでした。その後現地へ何度も伺う中で知ったのは、半年をかけて被爆者から被爆前後の経験とその後の人生まで丹念に話を聞き、現場へ足を運び、資料を調べ、繰り返し被爆者と話し合い、時には涙しながら、悪夢を見ながら、「被爆者の手になって絵を描こう」と真摯に向き合う高校生たちの姿でした。彼らは「原爆の怖さ」でなく「原爆の記憶が消えていくことの怖さ」を心に刻みながら絵を描いていたのです。
記憶を語り継ぐ―その輪の中に、皆様とともに加われたらと願っています。
福山啓子(ふくやまけいこ)
東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。1980年入団。文芸演出部所属。
2006年初演の「博士の愛した数式」で脚本・演出を担当、児童福祉文化賞(厚生労働大臣賞)を受賞。他に「野球部員、舞台に立つ!」(脚本・演出)、「田畑家の行方」(演出)、「梅子とよっちゃん」(脚本)、「つながりのレシピ」(脚本)、「囲まれた文殊さん」(脚本)、「深い森のほとりで」(作・演出)。
記憶を語り継ぐ―その輪の中に、皆様とともに加われたらと願っています。
福山啓子(ふくやまけいこ)
東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。1980年入団。文芸演出部所属。2006年初演の「博士の愛した数式」で脚本・演出を担当、児童福祉文化賞(厚生労働大臣賞)を受賞。他に「野球部員、舞台に立つ!」(脚本・演出)、「田畑家の行方」(演出)、「梅子とよっちゃん」(脚本)、「つながりのレシピ」(脚本)、「囲まれた文殊さん」(脚本)、「深い森のほとりで」(作・演出)。
継承とは何なのか ――「あの夏の絵」上演に寄せて
小 倉 康 嗣(慶應義塾大学文学部教授)
この作品のモデルとなった広島市立基町高校の「原爆の絵」を描く取り組みに魅せられ、調査研究を始めてから、はや15年になろうとしている。絵を描いている高校生、絵を描いてもらった被爆者、この取り組みを開始時から指導している先生、そして高校時代に話を聞いた卒業生にも追跡的にインタビューしながら、また活動に参与観察させていただきながら、この取り組みを追いかけてきた(*)。そのなかで私が気づかされたこと、大事に思ってきたことを、「あの夏の絵」は作品の主題として大切に取り扱ってくれている。福山啓子さんとも何度も基町高校や被爆者のもとに通った。この作品には、その足で得た、現場で得た等身大の言葉が、思いが、息づいている。
基町高校美術部のこの取り組みは、2007年に細々と始まった。広島平和記念資料館からの毎年の依頼に応じて、被爆者の証言に出てくる場面を、高校生たちが半年から一年という時間をかけて描く。課外時間にボランタリーに行われる大変な作業であるが、毎年依頼場面数以上の希望者(絵を描きたいと立候補する高校生)が集まる。絵を描くことが決まった高校生たちは、被爆者と十数回、多いときは二十数回と何度も会い、じっくり話を聞きながら絵を描いていく。そして完成した絵は、被爆者の証言に使われるのである。
「なんかこうブワッてくる感じで」「なにもわかっていなかったんだな、というのをすごく感じて」「最初は怖くて、吐きそうになりながら絵を描いてたんですけど、〇〇さん(担当した被爆者)の話を聞くごとに、伝えたい、伝えなければという強い気持ちがどんどん大きくなっていって」「〇〇さんが見た地獄のような風景のその、トラウマからやっぱり、うん、自分が主じゃなくなったっていうか。〇〇さんの手となって(描きたい)…」「倒れている人一人ひとりにも、それまで人生があって、で、こういうふうに被爆して、亡くなっていくそのつらさとか苦しみが、もう自分では想像できないぐらいあったと思えて、それを少しでも表現できるように」と、私のインタビューにとつとつと答えながら懸命に絵を描く高校生たち、思い出すだけでもつらくなる記憶と自らの人生をふり絞るように語る被爆者たち、そしてその過程を腹を据えて見守る先生たちの相互的な対話が積み重ねられ、そこに生起する感情や思いもキャンバスに塗り重ねられていく。
完成した絵はものすごい迫力で、最近では多くのメディアで取り上げられるようになった。だがこの取り組みの魅力は、もがき葛藤しながら絵を描くことの意味を模索し、それを完成させていくまでの地味なプロセスにこそあり、その深部の物語についてはあまり伝えられていない。「あの夏の絵」はそれをギュッと凝縮し、テンポよくストレートに描き出す。
2017年には「あの夏の絵」の当の舞台である基町高校での学校公演も実現した。公演後、原爆の絵を描いている最中の高校生が目を真っ赤にしながら私にこう言った。「途中で涙が出てきたんですけど、いま下絵を描いてて、なんで自分が描こうって決めてたんだろうって考えたときの答えを、こういうことだったんだなと……」。原爆体験の継承とは何か。何を継承するのか。何と向き合うべきなのか。それが、ここに描かれている。
(*)基町高校の「原爆の絵」の実践を調査研究した主な拙稿としては、包括的に記述・考察した小倉[2021a]をはじめ、以下がある。
小倉康嗣[2013]「被爆体験をめぐる調査表現とポジショナリティ――なんのために、どのように表現するのか」浜日出夫・有末賢・竹村英樹編『被爆者調査を読む――ヒロシマ・ナガサキの継承』慶應義塾大学出版会、207-254頁。
――――[2017]「参与する知を仕掛けていくパフォーマティブな調査表現――関わりの構築へ」『社会と調査』第19号、44-55頁。
――――[2018]「非被爆者にとっての〈原爆という経験〉――広島市立基町高校「原爆の絵」の取り組みから」『日本オーラル・ヒストリー研究』第14号、23-41頁。
――――[2020]「高校生が描く原爆の絵とエンパワーの連鎖――トラウマ的な感情の継承をめぐって」岡原正幸編『アート・ライフ・社会学――エンパワーするアートベース・リサーチ』晃洋書房、207-257頁。
――――[2021a]「継承とはなにか――広島市立基町高校「原爆の絵」の取り組みから」蘭信三・小倉康嗣・今野日出晴編『なぜ戦争体験を継承するのか――ポスト体験時代の歴史実践』みずき書林、45-105頁。
――――[2021b]「「亡くなる記憶」をサバイブする――〈触れられない経験〉の積極性をめぐって」浜日出夫編『サバイバーの社会学――喪のある景色を読み解く』ミネルヴァ書房、47-104頁。
――――[2022]「ライフストーリー研究のリアル――それはどんな現実を捉えるのか」『N:ナラティヴとケア』第13号、38-50頁。
小 倉 康 嗣(慶應義塾大学文学部教授)
この作品のモデルとなった広島市立基町高校の「原爆の絵」を描く取り組みに魅せられ、調査研究を始めてから、はや15年になろうとしている。絵を描いている高校生、絵を描いてもらった被爆者、この取り組みを開始時から指導している先生、そして高校時代に話を聞いた卒業生にも追跡的にインタビューしながら、また活動に参与観察させていただきながら、この取り組みを追いかけてきた(*)。そのなかで私が気づかされたこと、大事に思ってきたことを、「あの夏の絵」は作品の主題として大切に取り扱ってくれている。福山啓子さんとも何度も基町高校や被爆者のもとに通った。この作品には、その足で得た、現場で得た等身大の言葉が、思いが、息づいている。
基町高校美術部のこの取り組みは、2007年に細々と始まった。広島平和記念資料館からの毎年の依頼に応じて、被爆者の証言に出てくる場面を、高校生たちが半年から一年という時間をかけて描く。課外時間にボランタリーに行われる大変な作業であるが、毎年依頼場面数以上の希望者(絵を描きたいと立候補する高校生)が集まる。絵を描くことが決まった高校生たちは、被爆者と十数回、多いときは二十数回と何度も会い、じっくり話を聞きながら絵を描いていく。そして完成した絵は、被爆者の証言に使われるのである。
「なんかこうブワッてくる感じで」「なにもわかっていなかったんだな、というのをすごく感じて」「最初は怖くて、吐きそうになりながら絵を描いてたんですけど、〇〇さん(担当した被爆者)の話を聞くごとに、伝えたい、伝えなければという強い気持ちがどんどん大きくなっていって」「〇〇さんが見た地獄のような風景のその、トラウマからやっぱり、うん、自分が主じゃなくなったっていうか。〇〇さんの手となって(描きたい)…」「倒れている人一人ひとりにも、それまで人生があって、で、こういうふうに被爆して、亡くなっていくそのつらさとか苦しみが、もう自分では想像できないぐらいあったと思えて、それを少しでも表現できるように」と、私のインタビューにとつとつと答えながら懸命に絵を描く高校生たち、思い出すだけでもつらくなる記憶と自らの人生をふり絞るように語る被爆者たち、そしてその過程を腹を据えて見守る先生たちの相互的な対話が積み重ねられ、そこに生起する感情や思いもキャンバスに塗り重ねられていく。
完成した絵はものすごい迫力で、最近では多くのメディアで取り上げられるようになった。だがこの取り組みの魅力は、もがき葛藤しながら絵を描くことの意味を模索し、それを完成させていくまでの地味なプロセスにこそあり、その深部の物語についてはあまり伝えられていない。「あの夏の絵」はそれをギュッと凝縮し、テンポよくストレートに描き出す。
2017年には「あの夏の絵」の当の舞台である基町高校での学校公演も実現した。公演後、原爆の絵を描いている最中の高校生が目を真っ赤にしながら私にこう言った。「途中で涙が出てきたんですけど、いま下絵を描いてて、なんで自分が描こうって決めてたんだろうって考えたときの答えを、こういうことだったんだなと……」。原爆体験の継承とは何か。何を継承するのか。何と向き合うべきなのか。それが、ここに描かれている。
(*)基町高校の「原爆の絵」の実践を調査研究した主な拙稿としては、包括的に記述・考察した小倉[2021a]をはじめ、以下がある。
小倉康嗣[2013]「被爆体験をめぐる調査表現とポジショナリティ――なんのために、どのように表現するのか」浜日出夫・有末賢・竹村英樹編『被爆者調査を読む――ヒロシマ・ナガサキの継承』慶應義塾大学出版会、207-254頁。
――――[2017]「参与する知を仕掛けていくパフォーマティブな調査表現――関わりの構築へ」『社会と調査』第19号、44-55頁。
――――[2018]「非被爆者にとっての〈原爆という経験〉――広島市立基町高校「原爆の絵」の取り組みから」『日本オーラル・ヒストリー研究』第14号、23-41頁。
――――[2020]「高校生が描く原爆の絵とエンパワーの連鎖――トラウマ的な感情の継承をめぐって」岡原正幸編『アート・ライフ・社会学――エンパワーするアートベース・リサーチ』晃洋書房、207-257頁。
――――[2021a]「継承とはなにか――広島市立基町高校「原爆の絵」の取り組みから」蘭信三・小倉康嗣・今野日出晴編『なぜ戦争体験を継承するのか――ポスト体験時代の歴史実践』みずき書林、45-105頁。
――――[2021b]「「亡くなる記憶」をサバイブする――〈触れられない経験〉の積極性をめぐって」浜日出夫編『サバイバーの社会学――喪のある景色を読み解く』ミネルヴァ書房、47-104頁。
――――[2022]「ライフストーリー研究のリアル――それはどんな現実を捉えるのか」『N:ナラティヴとケア』第13号、38-50頁。
ス タ ッ フ
美術=石井強司
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照明=河ア浩
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音楽=堀沢広幸
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音響効果=石井隆
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衣裳=宮岡増枝
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宣伝美術=増田絵里 +Design Port
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方言指導=蒔田祐子
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演出助手=清原達之
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舞台監督=松橋秀幸
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製作=広瀬公乃
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製作助手=白木匡子
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ツアースタッフ
舞台監督=松橋秀幸
舞台監督助手=清原達之
照明=河ア浩 松浦みどり
音響=齋藤正樹(長野公演)
山口ゆり(川崎、直方公演)
スタッフ=松田光寿 安田遼平
>>演劇鑑賞教室について考える<<
※学校での演劇鑑賞教室について劇団機関紙上で連載していたものをWeb上にアップしました。
※学校での演劇鑑賞教室について劇団機関紙上で連載していたものをWeb上にアップしました。
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