あの夏の絵

福山啓子=作・演出



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公演の感想 日程 公演班だより

こんなにも知らなかった
ということを
初めて知った



被爆から70年。
記憶を伝え残すために語り始めた被爆者と、
それを受けとめ、絵に表現することに挑んだ高校生たちの
2015年夏の物語。


広島市にある私立海陵学園高等部。
美術部員のメグミは祖父母が入市被爆をしている被爆三世。顧問の岡田が持ち込んだ「被爆証言を聞いて絵に描く」取り組みに、迷いながらも参加することを決める。
東京から引っ越してきた同じ美術部員のナナは友達よりも絵を描くことが大好きで、漫研と兼部しているアツトが気に入らない。
岡田の提案で被爆証言は三人で聞くことになり、証言者・白井の話を聞いて心を突き動かされる三人だが、ある日ナナが学校に来なくなって…。


「 記 憶 の 継 承 」 と は 何 か
  福 山 啓 子


 被爆者が高齢化し、原爆の記憶をどう継承していったらいいのか、今問われています。被爆体験そのものを私たちが継承することはできません。その痛みや苦しみを、その人の見たものや体験したことを想像力を使って共有しようとすることしかできないのです。なぜそうした共有が必要なのでしょうか。答えは一つではないと思います。
 想像を絶するような暴力が、なぜあの時広島に、長崎に対して行なわれたのか。人々はどのように被災し、死に、あるいは生きたのか。そのことを知り、それに対する自分の立場を問い続け、行動すること、そのことが「継承する」ということなのではないでしょうか。たとえ被爆者がいなくなっても、被爆者の遺した言葉が私たちに問いかけ続けるでしょう。「あなたはどう向き合うのか、どう行動するのか」と。
 2019年5月の朝日新聞に、「原爆の絵」に取り組む広島市立基町高校の生徒と交流した岐阜県の高校生の投稿が載っていました。
 制作中の絵を見た、当時中学三年生だったその人は、絵を描いた高校生から説明を受けた時、『原爆を使ったのはアメリカですが、使わせた日本にも非はありますよね』と言ったそうです。するとその高校生は、原爆の非人道性や、当時の広島市民の気持ちなどを熱心に語ってくれたそうです。投稿には、「私は、当時の広島市民の気持ちを深く考えたことがなかった。約14万人の命が失われた意味を、数字でしか理解していなかった。知人が一人でもなくなると、とても悲しい。14万人ともなると悲しみの大きさは計り知れない。そのことを理解して活動する基町高校生に感心するとともに、自分の考えの浅さを情けなく思った。」とありました。
 基町高校の生徒たちが、半年かけて証言者の被爆体験を聞き、人生を聞き、自分で沢山の資料を調べて画面を構成し、証言者とやりとりをして何度も何度も描き直し、一枚の絵を描き上げる過程で、継承されたもの―それこそが、私がこの演劇を通じて描きたかったことなのです。


(ふくやまけいこ)
東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。1980年入団。文芸演出部所属。
2006年初演の「博士の愛した数式」で脚本・演出を担当、児童福祉文化賞(厚生労働大臣賞)を受賞。他に「野球部員、舞台に立つ!」(脚本・演出)、「田畑家の行方」(演出)、「梅子とよっちゃん」(脚本)、「つながりのレシピ」(脚本)、「囲まれた文殊さん」(脚本)。


 広島市立基町高等学校 美術科教諭
 橋 本 一 貫


 広島平和記念資料館の依頼で「次世代と描く原爆の絵」の制作に携わって今年で10年目を迎えます。これまでに描いた原爆の絵は100点を超え、10年目の今年も18点の制作に取り掛かったところです。
 最初に原爆の絵の依頼を受けたとき、「ぜひ本校の生徒に取り組ませたい」と同時に、「途中で生徒がつぶれてしまうのではないか」という思いが交錯しました。恐る恐る生徒に呼びかけてみたところ多くの生徒が手を上げてくれました。事前に取り組むにあたっての心構えや覚悟について何度か話をしましたが、実際始まってしまうと教師たちの心配はあまり必要でないことが分かりました。生徒たちは積極的に被爆証言者の方々と関わり、深く考え思いを寄せながら、全く観たことのない世界を創造していきました。あくまで被爆の惨状を伝える証言活動に使用する絵画なので、なるべく正確に描写することが求められましたが、数少ない当時の写真や資料だけではなかなか大変な仕事でした。生徒たちは証言者の方から繰り返し話を聞きながら制作を進めていましたが、そのこと自体が生徒の学びの場になり相手の気持ちに寄り添うという心を育んでいったのではないかと思います。制作者はもちろんですが、実際に制作していない生徒たちも、モデルとして協力したり、その活動を間近で見る事で大いに学んだのではないかと思います。
 この基町高校での取り組みを元に劇を創って頂きました、青年劇場の福山啓子さんをはじめスタッフの皆様に篤くお礼申し上げます。平和への願いが少しでも広がっていくことを祈念しております。


(はしもとかずぬき)
1959年広島市生まれ。広島市立基町高校に入学し、平岡秀樹先生に油絵を学ぶ。1980年第66回光風会展初入選。1982年大阪芸大卒業。いしがき会入会、岡崎勇次氏に師事する。現在、日展会友、光風会会員、日本美術家連盟会員、いしがき会、桐美会。


非被爆者にとっての〈原爆という経験〉の意味 ――「あの夏の絵」上演に寄せて
 小 倉 康 嗣(立教大学社会学部准教授)

 この作品のモデルとなった広島市立基町高校の「原爆の絵」を描く取り組みに魅せられてから9年、実際に取材やインタビュー調査を始めてから8年になる(*1)。そのなかで私が気づかされたこと、大事に思ってきたことを、「あの夏の絵」は作品の主題として大切に取り扱ってくれている。福山啓子さんとともに何度基町高校や被爆者のもとに通ったことだろう。この作品には、その足で得た、現場で得た等身大の言葉が、感情が、息づいている。
 基町高校のこの取り組みは、12年前に細々と始まった。広島平和記念資料館からの毎年の依頼に応じて、被爆証言者の証言に出てくる場面を、高校生たちが半年から一年という時間をかけて描く。課外時間にボランタリーに行われる大変な作業であるが、毎年依頼場面数以上の希望者(絵を描きたいと立候補する高校生)が集まる。絵を描くことが決まった高校生たちは、証言者と七度、八度、多いときは二十数回と何度も会い、じっくり話を聴きながら絵を描いていく。そして完成した絵は、証言者の証言に使われるのである。
 「最初は怖くて、吐きそうになりながら絵を描いてたんですけど、○○さん(証言者の名前)の話を聴くごとに、伝えたい、伝えなければという強い気持ちがどんどん大きくなっていきました」「知っているつもりでいて、なにもわかっていなかったんだな」「知らないってことは怖いなと思って」「○○さんが見た地獄のような風景のその、トラウマからやっぱり、うん、自分が主じゃなくなったっていうか。○○さんの手となって(描きたい)…」「倒れている人ひとりひとりにも、それまで人生があって、で、こういうふうに被爆して、亡くなっていくそのつらさとか苦しみが、もう自分では想像できないぐらいあったと思えて、それを少しでも表現できるように」と、私のインタビューにとつとつと答えながら懸命に絵を描く高校生たち、思い出すだけでもつらくなる記憶と自らの人生をふり絞るように語る被爆者たち、そしてその過程を腹を据えて見守る先生たちの相互的なコミュニケーションが積み重ねられ、そこに生起する感情や思いもキャンバスに塗り重ねられていく(*2)。
 完成した絵はものすごい迫力で、最近では多くのメディアで取り上げられるようになった。だがこの取り組みの魅力は、もがき葛藤しながら絵を描くことの意味を模索し、それを完成させていくまでの地味なプロセスにこそあり、その深部の物語についてはあまり伝えられていない。「あの夏の絵」はそれをギュッと凝縮し、テンポよくストレートに描き出す(*3)。
 一昨年は「あの夏の絵」の当の舞台である基町高校での学校公演も実現した。公演後、原爆の絵を描いている最中の高校生が目を真っ赤にしながら私にこう言った。「証言者さんにこれでいいと思っていただけるような絵が私に描けるのか、なんで自分が原爆の絵を描こうと決めたのか、ずっと悩んでいたんですけど、その答えをもらったような気がします」。
 非被爆者(非体験者)にとっての〈原爆という経験〉。その人間的・社会的意味が、ここに描かれている。

(*1)小倉康嗣「被爆体験をめぐる調査表現とポジショナリティ――なんのために、どのように表現するのか」浜日出夫・有末賢・竹村英樹編『被爆者調査を読む――ヒロシマ・ナガサキの継承』慶應義塾大学出版会、2013年
(*2)小倉康嗣「非被爆者にとっての〈原爆という経験〉――広島市立基町高校『原爆の絵』の取り組みから」『日本オーラル・ヒストリー研究』第14号、2018年
(*3)小倉康嗣「参与する知を仕掛けていくパフォーマティブな調査表現――関わりの構築へ」『社会と調査』第19号、2017年




出  演
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藤井美恵子

広戸聡

永田江里

藤代梓

傍島ひとみ

津曲海七斗
文化庁公演のみ
星野勇二

松田光寿
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ス タ ッ フ

美術=石井強司
照明=河ア浩
音楽=堀沢広幸
音響効果=石井隆
衣裳=宮岡増枝
宣伝美術=増田絵里 +Design Port
方言指導=蒔田祐子
演出助手=清原達之
舞台監督=松橋秀幸
製作=広瀬公乃
製作助手=白木匡子

ツアースタッフ

舞台監督=松橋秀幸
舞台監督助手=清原達之
照明=河ア浩 長谷心咲 沢義明(ライティングユニオン)
音響=樋口亜弓(フリー) 武若群
スタッフ=山田秀人/松田光寿
<文化庁公演>
スタッフ=大木章 星野勇二 松田光寿




―2023年公演予定―

6・7月 関東 ほか
文化庁「文化芸術による子供育成推進事業」
詳しい日程は↓
   

>>演劇鑑賞教室について考える<<
※学校での演劇鑑賞教室について劇団機関紙上で連載していたものをWeb上にアップしました。


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