「呉将軍の足の爪」


瓜生さんの眼差し(坂手洋二)  朴祚烈と瓜生正美  演出・瓜生正美に聞く!  製作者から

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韓国現代劇の傑作に挑む
   瓜生正美に聞く!

― 瓜生さんと韓国演劇との出会い、そして朴先生との出会いについて教えていただけますか?

瓜生 1988年、林英雄先生(イムヨンウン/「カムサハムニダ」演出)率いる韓国の演劇代表団が、初めて公式に訪日しました。その時、日本各地をまわって、帰国前にレセプションのようなものがあったんです。そこに劇団協議会を代表して誰か行かなくてはならない。当時の韓国は軍事政権で、僕は軍事政権が大嫌いだから、そんなところに行きたくなかったんですよ。でも行ける人がいないというので、仕方なく行きました。その時に、東亜日報の若い記者から「韓国の現代演劇のルーツは、軍事独裁の李承晩(イスンマン)政権を倒した学生運動で、今でも日本のプロレタリア演劇運動と同じような弾圧のもとで活動している云々…」と聞いたんです。僕は単純だから(笑)、それを聞いたとたん、韓国の演劇人たちがものすごく大好きになったんです。
それから1995年に、今度は日本から、やはり公式には初めての演劇代表団が訪韓し、僕も参加しました。世話役は林英雄先生でした。そのとき、朴先生がなにかの会合で「これからは日本と韓国の演劇人たちが中心になってアジア演劇を引っ張っていくべきだと思う」と発言されたのに対して、僕が「おっしゃる通りだと思う。でもそのためには、日本が戦時中にアジアに対して行なった歴史をきちんと反省し、謝罪するという前提がなければ、本当の意味での交流はできないと思う」と答えたら、朴先生が共感して下さってね。それですごく仲良くなって大いに飲んだんです。

― 大いに?

瓜生 そのときはお互い、まだまだ一升とか飲めるくらい元気だったから、滞在期間中、毎日飲んでたね。先生は、こないだお会いしたときはもうあまりお飲みになれないみたいだったけど…僕はまだ、だいぶ飲めます(笑)。

― この作品を演出されることになったいきさつを教えていただけますか?

瓜生 この作品は、2006年に行われた日韓リーディング(*)の時に初めて日本に紹介されました。朴先生も来日されてて、僕も一緒にシンポジウムに参加しました。その時の懇親会で朴先生に「ぜひ演出させてほしい」と頼んだら、とても喜んでくださってね。僕は「もう演出はしない」と宣言してたんだけど、この作品だけはどうしてもやりたくて、企画書を書いて劇団にお願いしました。「もう一度だけやらせて」って(笑)。
この作品の世界が僕はとても好きなんです。僕自身がこれまで作・演出してきた作品と似通ったところがあるっていうのかね。朴先生という方は、すごくクールというか、本当に飄々とされている方で、でもその風貌や様子からは想像できないくらい激しい人生を歩んできた方なんです。僕はその人生と作風に共感を覚えたとも云えます。

― 演出にあたって、どんな事を考えていらっしゃいますか?

瓜生 朴先生は台本の冒頭に、舞台化にあたっての劇作家からの助言をお書きになってるんです。例えば「最も大切なのは、童話的想像力だ」とかね。それに忠実に沿った舞台にしたい。助言はもちろん、ト書きにもいろんなことが書いてあるんですけど、それもできるだけ活かしたいと思っているんです。一人が何役もやった方が望ましい、ということも書いてあるから、多い人には5役くらいやってもらいます。早替えがちょっと大変だけど(笑)。
牧歌的で温かく、童話的な描写、スタイルが基本――だけど軍隊のところはピリッと辛口に。軍隊や権力を笑い飛ばすファルス笑劇にしたい。様式としても、うんとおちゃらけたものにしたいんです。

― 軍隊や兵士というものに対して、朴先生も瓜生さんも特別の思いがおありだと思います。そのへんのところを、この作品のこととからめてお聞かせ願えますか?

瓜生 僕は軍隊経験があるんだけど、兵士というものは、命令されたら絶対それに従わなきゃいけないんです。考えたり、何かを自由に判断する、ということは最もやっちゃいけないこと。つまり、兵士というのは、没個性――個性を抹殺された者――の最たるものでしょうね。
この作品には、そういうものと、呉将軍や彼を取り囲む家族たちとの対比――極めて温かく人間的な人々との対比が鮮やかに示されてあります。そしてこの芝居は、基本的には東の国と西の国という設定。どこの国にでもあてはまるお話です。

― ありがとうございました。最後に、意気込みとお客様に一言、お願いします。

瓜生 色々言いましたが、僕は大いに笑って欲しいです。戦争と権力が作り出す矛盾を、バカバカしい!と笑い飛ばして欲しい。そういう力と、一緒に笑い合える仲間との連帯が、今とても必要なんじゃないかと思います。ぜひ誘いあって、劇場に足を運んでください。

* 日韓の演劇交流を推進する目的で、日本の「日韓演劇交流センター」と韓国の「韓日演劇交流協議会」が相互に隔年で行うリーディング公演(本格的な上演でない、主に読み合わせ形式での上演)。韓国で日本の戯曲を、日本で韓国の戯曲を上演する。二〇〇二年に始まり、二〇〇七年までに計六回開催されている。
(日韓演劇交流センター公式サイトより)